クモの糸より細く、鋼鉄より硬く

お釈迦様はそのクモの糸をそっと御手に御取りになって、玉のように白蓮の間から、遥か下にある地獄の底へ、まっすぐにそれを御下ろしなさいました。(中略)こう思いましたから犍陀多は、早速その蜘蛛の糸を両手でしっかりとつかみながら、一生懸命に上へ上へとたぐりのぼり始めました。(芥川龍之介蜘蛛の糸」より)

実は蜘蛛の糸は鉄の10倍の強度があると言われています。手で掴んでのぼれる程の太さの蜘蛛の糸・・・それは想像を絶する強度を持つ糸(というかもはや棒)となります。

この細くて美しく、さらに強度もある蜘蛛の糸に注目した人物がいました。
アメリカの化学工業会社「デュポン」の研究員カローザス(W.H.Carothers)という人です。

1928年にデュポンに入社したカローザスは、そこで伸び伸びと研究していました。
ある日彼は偶然「伸びる糸」を合成することに成功します。1930年のことです。
ところが時は大恐慌時代
「お金にならない研究なんてもってのほか」
という考えがデュポンにも及んでいたのです。
ローザスはこの美しい蜘蛛の糸のような「伸びる糸」を「金になる糸」に変えねばなりませんでした。
この糸を繊維商品として売り出すには
・耐久性の向上
・大量生産を可能にする
・原料のコストを極力抑える

などの条件をクリアしなければなりません。
研究に研究を重ね、彼は1935年にこれらの条件をクリアした「ナイロン」を合成することに成功しました。
このナイロンは
「石炭と空気と水から作られ、クモの糸より細く、鋼鉄より強い繊維」
というキャッチコピーも受けて、大ヒット商品になりました。

そんなナイロンを開発したカローザスさんはノーベル賞受賞の候補にも挙げられるはずでした。
ところが・・・
彼はナイロン開発の数年後、自殺してしまいました。
実は彼は精神的に凄くナイーブな人で、会社でのイジメや大発見に伴う取材等に耐えられず、鬱病にかかっていたそうです。